はじめに今回は、全日制高校から通信制高校に転入し、現在は職人として働く息子さんを持つお母さまにお話を伺いました。「最初は通信制に反対だった」と語るお母さまが、息子さんの選択をどう受け止め、どんな成長を見届けたのか――。全日制高校では「合わない」と感じていた息子息子さんは、最初は自宅から近く、兄弟も通っていた全日制高校に進学しました。中学までは野球部に所属し、友達も多く、学校にもよく通っていたそうです。しかし高校に入ってからは、少しずつ違和感を感じるようになりました。「学年にいる友達が大人しいタイプで、自分とは合わなかったみたいです。仲の良かった子が通信制に転入して、その子以上に仲良くなれる友達ができなかったようで……。学校がつまらない、とよく言っていました。」部活を辞めてからは気持ちが学校から離れていき、「自分も通信制に行きたい」と話すようになります。「反対」から「応援」へ ― 親子での話し合い当初、お母さまは転入には反対でした。「頑張れば卒業できるかもしれないし、通信って大丈夫なの?という不安もありました。」しかし息子さんの覚悟は固く、「通信に行ったら絶対卒業する。学費は自分で払う」と強く言われたそうです。「そこまで言うなら、もう止められないなと思いました。本人の意思がしっかりしていたので、応援することにしました。」ウェルネス通信での生活とスクーリングイベント転入先は日本ウェルネス高校(東京キャンパス)。 出席日数が足りず、2021年12月に高校1年生として再スタートを切りました。基本的には自宅でレポート学習を進め、夏と冬の年2回、1週間の集中スクーリング(登校イベント)に参加。「スクーリングは朝から夕方までの日もあれば、午前や午後だけの日もありました。友達と一緒に行けたのが良かったみたいです。登校自体は年に数回でした。」お母さま自身は、学校からの情報の少なさに不安を感じたといいます。「金額の案内も“おおよそこれくらい”という感じで、はっきりとは教えてもらえませんでした。連絡はメールばかりで、自宅に届くものが少なかったですね。」学費を自分で稼ぎながら、責任を持って通う姿息子さんは通信制高校への転入を機に、引越センターでアルバイトを始めました。学費や生活費を自分で稼ぎ、スクーリングの時期は仕事を休んで登校していたそうです。「学費は10万円を切っていました。バイト代でまかなっていましたね。レポートは自分でやっていて、わからないところは友達に聞いていました。」お母さまは「反抗期だったので、会話もあまりなかった」と振り返りつつも、自分で稼ぎながら卒業までやり切った姿を誇らしそうに話してくれました。通信制卒業後、職人の道へ通信制高校を無事に卒業したのは2024年3月。その少し前から、「大工になろうかな」と話すようになったそうです。「やりたいことは特になかったけど、通信じゃない友達が職人をやっていて、その子の家族の会社に誘われたみたいです。卒業後、型枠大工として働き始めました。」最初の会社は親子で経営するアットホームな職場で、福利厚生も手厚かったとのこと。その後、同級生が誘ってくれた会社に転職し、現在は内装なども手掛ける職人として働いています。「朝6時に家を出て、夕方には帰ってきます。最初は不安そうでしたけど、“卒業できてよかった。やってよかった”と言ってくれて、安心しました。」通信制高校で感じた課題と、もしもう一度選ぶなら息子さんの卒業を見届けた今、お母さまが感じているのは「情報共有の課題」です。「メールだけで完結せずに、もう少し保護者にも直接情報が届く仕組みがあればよかったなと思います。もしもう一度選べるなら、保護者にも連絡が届く通信制高校を選ぶかもしれません。」それでも、息子さんが自分で決めて動き、自立していく姿を見られたことは何よりの喜びだといいます。まとめ通信制高校への転入は、親にとっても大きな決断です。最初は不安があっても、子ども自身が自分の意思で選び、責任を持って行動することで、確かな成長が見えてきます。息子さんは、スクーリングという登校イベントを通して仲間と学びながら、働き、自立への第一歩を踏み出しました。 そして今、自分の手で“職人としての人生”を形づくっています。お母さまの言葉には、そんな息子さんへの誇りと、通信制高校を通して得た学びが込められていました。