突然の不登校と、自分を許せた「起立性調節障害」との出会い
中学1年生の夏、毎日部活動や塾に全力で取り組んでいた平穏な日常は、ある日突然途絶えてしまいました。自分でも理由がわからないまま、心と身体が悲鳴を上げ、どうしても学校へ足が向かなくなってしまったのです。しばらくは地域のフリースクールに通いながら、定年退職した元先生たちが提供してくれる温かな学びや体験に触れて過ごしていましたが、「なぜ行けないのか」という問いだけが常に心に残り続けていました。
その答えが見つかったのは、複数の病院を回った末に出会った「起立性調節障害(OD)」という診断でした。朝、脳に血液がうまく回らずに起き上がれない。その身体の仕組みを知ったことは、長らく自分を責め続けてきた彼にとって、暗闇の中に一筋の光が差し込むような出来事でした。行けない理由がわかったことで、彼はようやく自分を許し、次の一歩を考えられるようになったのです。
先生との「グータッチ」が変えた、学校選びの基準
全日制高校への通学が現実的に難しいと判断した彼は、自分に合う環境を求めて保護者とともに通信制高校の合同説明会へと足を運びました。いくつかの学校を見学する中で、長尾谷高校やKTCおおぞら学園といった選択肢もありましたが、最終的に彼の心を射止めたのは八洲学園高等学校(堺本校)でした。オープンキャンパスで先生が明るくグータッチをしてくれたその距離感の近さ、そして全日制と変わらないほど充実した学校行事の数々が、彼に「ここならやっていける」という確信を与えてくれました。
「朝起きられない自分」を責めないために選んだ、午後の時間
入学当初は自分を奮い立たせ、週5日登校のベーシッククラスからスタートしました。学校に行くことを目標に病気の治療と並行して頑張ろうと意気込んでいたものの、身体は思うようには動いてくれません。週に1、2日通うのが精一杯という現実に直面し、彼は2年生になるタイミングで午後13時40分から授業が始まる「マイスタイルクラス」への転籍を決断します。この選択が、朝起きられない自分を責める日々から彼を解放し、「週3日なら、午後からなら行ける」という前向きな自信を育むきっかけとなりました。
行事という名の居場所が、失いかけた自信を繋ぎ止めてくれた
八洲学園での生活は、ただ単位を取るだけのものではありませんでした。任意参加ながら充実した行事の数々は、彼にとって大切な居場所となりました。文化祭などで一人ひとりに役割が与えられ、それをやり遂げる経験は、失いかけていた自己肯定感を少しずつ取り戻させてくれました。もちろん、学習面では中学生レベルの内容が中心で、大学受験を目指すには物足りなさを感じることもありました。また、年度によって変わるクラスの雰囲気や、先生による理解度の差に戸惑うこともありましたが、それも含めて「自分のペースで歩む」という学びの時間になっていきました。
中1英語からの再スタート。個別指導と二人三脚で掴んだ大学合格
高校2年生の終わり、彼は大学進学という大きな目標を掲げます。通信制の授業だけでは受験に不十分だと考えた彼は、個別指導塾とのダブルスクールを開始しました。他の誰かと比べることのないマンツーマンの環境で、英語を中学1年生のレベルから地道に学び直す日々。学校側もその熱意に応えるように、数学専門の担任が個人的に勉強を教えてくれたり、何度も面接練習に付き合ってくれたりと、手厚く背中を押してくれました。
「通信制は前向きな選択」。自分らしく歩み始めた大学生活
その努力が結実し、彼は第一志望であった桃山学院大学・社会学部に合格を果たしました。現在は大学1年生として、1限の早い授業に苦戦しながらも、自らの足でキャンパスへと通っています。「行かなくても卒業できた高校時代とは違い、大学は自分で行かなければ単位が取れない」という厳しさを肌で感じながらも、彼はそれを自立へのステップとして楽しんでいます。
いま、もし通信制高校という選択に迷っている人がいるならば、彼はこう伝えたいと考えています。通信制を選ぶことは決して後ろ向きなことではなく、自分らしい生き方を探すための前向きな決断であるということ。そして、たとえ毎日通うことが難しくても、「ここが自分の居場所だ」と心から思える学校を選んでほしい、と。彼が八洲学園で交わしたあのグータッチが人生を変えたように、一歩踏み出す勇気が、きっと新しい景色を見せてくれるはずです。

