アイデンティティの崩壊と、公立高校で失った「自分の居場所」
彼女はもともと、小学校5年生の頃から少しずつ引っ込み思案な性格になっていったといいます。田舎の中学校特有の閉鎖的な空気感が苦手で、スクールカーストや周囲の目を気にすることが多く、目立つ活動をすることはありませんでした。それでも、自分なりの努力で偏差値53の公立高校へと進学。入学当初は、部活動やクラスでもそれなりに上手くやっていけるはずでした。
高校での彼女を支えていたのは、放送部での活動です。アナウンスや朗読の大会で個人戦、団体戦ともに結果を残し、「自分にはこれがある」という確かなアイデンティティとなっていきました。しかし、その自負は、顧問の先生との関係悪化によって崩れ去ります。
顧問の先生が特定の部員を特別視するようになり、自分が正当に評価されていないと感じる日々。
次第にクラスでも「自分は陽キャに馴染めない陰キャだ」という劣等感が膨らみ、廊下ですれ違うクラスメイトに笑われているのではないかという被害妄想を感じることもありました。
追い詰められた心と、逃げ場のない家庭内での孤独
高校2年生の夏、彼女の心は完全に悲鳴を上げました。過食嘔吐が始まり、自分自身のルックスへの執着が異常なほど強くなっていきました。「学校に行かなければ」と思うほど吐き気がし、家を出て自転車に乗ることさえままならない。そんな状態でも、彼女を待っていたのは「普通に学校に行くこと」を強く求める親の叱責でした。
学校を休もうとすれば、親から激しく怒られ、優秀な弟と比較される。家の中にさえ安らげる場所はなく、彼女は「学校に行くふり」をして駅で数時間を潰したり、保健室に逃げ込んだりしながら、かろうじて登校の形を保っていました。「学校に行けない自分は、生きている価値がない」と思い詰めていきます。
そんなある日、彼女が密かに抱えていた「この世からいなくなりたい」という思いが、あるきっかけでついに親の目に触れることになります。
ある日の学校からの帰り道に駅まで迎えに来た母親の車に乗り込んだとき、それまで「学校へ行け」と厳しく当たっていた母親が、突然ハンドルを握ったまま声をあげて泣き始めたのです。母親はその日、娘の部屋を掃除したときに、彼女が命を断とうとしている痕跡を見つけたのでした。
その後、彼女は母親の勧めで心療内科を受診し、「うつ病」と診断されたとき、彼女は悲しみよりも学校を休んでもいいという「許可」をもらったような安堵感を覚えたといいます。
なぜ「N高ネットコース」を選んだのか
転入先を検討する際、彼女はいくつかの有名な通信制高校のパンフレットを取り寄せました。第一学院高校、クラーク記念国際高校、屋久島おおぞら高校。それぞれの特徴を比較した結果、彼女が選んだのは、当時急速に知名度を上げていたN高のネットコースでした。
彼女がN高に惹かれた最大の理由は、その「ドライな関係性」と「スクーリングの少なさ」にありました。当時の彼女はコミュニケーションへの恐怖が強く、とにかく「人と会わずに卒業できること」を最優先としていました。他の通信制高校が月1回程度の通学を求めている中、N高は年4日程度のスクーリングで済むという点が、何よりも魅力的でした。
また、通信制高校に対する世間の偏見を恐れていた彼女にとって、最大級の生徒数を誇り、多くの若者が選んでいるという事実は、安心材料となりました。「これだけ多くの人がいるなら、自分も紛れていられる。変な目で見られることも少ないはずだ」という感覚がありました。
N高ネットコースのリアルな日常――SlackとZenStudyが繋ぐ学
N高への転校後、彼女が直面したのは人間関係の希薄さでした。学生数20000人以上(インタビュー当時)というN高において、担任やクラスメイトは「画面上の文字」にしか感じられなかったといいます。
また、オンライン上で「等身大の友人」を見つけることにも困難を感じていました。個性的な才能を持つ生徒が目立つ一方、自分と同じような悩みを持つ「普通の女子高生」と出会い、親交を深める機会はほとんどありませんでした。
「N高ではゲームとかYouTubeとか、同じ趣味の人同士はつながりやすい環境でした。ただ私はあまり人と繋がれる趣味をもっていなかったし、オンライン上で人と仲良くなることが得意ではなかったので心から仲良いい人はできませんでした。」
チャットツールを開けば誰かの発言はあっても、画面を閉じた瞬間に訪れるのは一人きりの孤独。SNSで制服姿の旧友たちの姿を見るたびに、社会から孤立してしまったような、深い喪失感に襲われる日々が続きました。
学習のメインツールは、オンデマンド学習アプリの「ZenStudy(旧N予備校)」。映像授業を視聴し、小テストを解くことでレポートを進めていきます。彼女は1日に2時間ほど集中して動画を視聴し、数ヶ月でその年度の課題をすべて終わらせました。
テストも年に一度、キャンパスに登校して受ける必要がありますが、30点の赤点をとっても教科書を見ながら回答できるため、単位取得に苦労することはありませんでした。
この「拘束時間の短さ」こそが、最大のメリットだったと彼女はいいます。全日制高校では、自分にとって必要のない授業にも何時間も縛られていましたが、N高では単位取得のための勉強を最小限に抑え、残りのすべての時間を「大学受験」のために使えるようになったのです。不登校でボロボロになっていた彼女にとって、自分の時間を自分の手でコントロールできるようになったことは、自信を取り戻す第一歩となりました。
通信制から難関大学へ
N高ネットコースには、進学に対する手厚い強制力はありません。自分で動かなければ、何も始まらない環境です。彼女は最初から「大学進学」という出口を明確に見据えていました。N高の授業の中で、特に関心を持っていたフィギュアスケートをきっかけに興味を抱いた「ロシアの歴史」を深く学ぶため、文学部への進学を志したのです。
受験勉強に関しては、世界史は「ZenStudy(旧N予備校)」を用いてインプットを行っていました。一方で、英語や国語など、一人ではモチベーション維持が難しい科目は、外部の塾を利用しました。
孤独感に苛まれ、不眠症に悩まされる夜もありましたが、「今の自分には時間がある」という事実は、大きな支えとなりました。全日制高校に通い続けていれば、部活動の人間関係やクラスの視線にエネルギーを奪われ、受験勉強どころではなかったと彼女は振り返ります。結果として、彼女は見事志望校の関西学院大学に合格することができました。
大学で知った「通信制は普通」という価値観
大学に合格した後も、彼女の心には「通信制出身」というレッテルへの恐怖が残っていました。「就職で不利になるのではないか」「普通の高校生活を送ってきた人、変な目で見られるのではないか」。入学当初、彼女はその過去を隠すように過ごしていました。
しかし、実際に大学生活が始まってみると、その不安はすぐに杞憂であったことに気づきます。大学の友人たちは、彼女が通信制出身だと聞いても「へえ、最近多いよね」「N高って有名なところだよね」と、フラットに受け入れてくれたといいます。若い世代の間で、通信制高校は多様な選択肢の一つとして認識されていたのです。
むしろ、通信制で培った「自ら講義を選択し、スケジュールを管理する」という姿勢は、大学での学び方に非常に近く、スムーズに馴染むことができました。コミュニケーションへの苦手意識も、大学1、2年をかけて少しずつ解消され、偏見の目で見ているのは他でもない自分自身だったのだと気づくことができたのです。
今のあなたへ伝えたいこと――自律の難しさと、罪悪感を捨てる勇気
現在、彼女は大学で学ぶ傍ら、N高の中等部でティーチングアシスタントとしてアルバイトをしています。かつての自分と同じように、学校という枠組みの中で苦しんでいる子どもたちが、少しでも前向きに生活するサポートを行いたいといいます。
彼女は、今通信制高校を検討している人たちに、こうアドバイスを送ります。「ネットコースは本当に自由ですが、その分、想像以上に自律性が求められます。もし、自分でスケジュールを立てる自信がないなら、通学頻度の高い通信制高校を選ぶのもありだと思います。」。
そして最後に、不登校や通信制という道を選んだことに罪悪感を感じている人たちへ。
「もっと自由に過ごせばよかったと思います。アルバイトをしたり、旅行に行ったり、習い事をしたり。当時は学校に行けなかった申し訳なさで部屋に閉じこもってばかりいたけれど、今思えば、そんな必要は全くなかった。受験で結果を出さないと生きている価値がないという強迫観念がずっとあったので、貴重な高校生活を苦しい思い出で消費してしまった。通信制であることは、あなたの価値を少しも下げません。周りの目を気にするよりも、自分がどう生きたいかを大切にしてほしいです」。
環境を変える決断は、決して逃げではありません。それは、自分自身を大切にするための、最も勇気ある「リスタート」なのです。彼女の選んだ道が証明するように、通信制高校という選択の先には、全日制では決して出会えなかった広い世界と、本当の自分が待っています。

