「レポートは、4月と5月で1年分を終わらせます」
さらりと口にしたのは、N高グループのネットコースに通う高校3年生だ。残りの10か月で彼女がしているのは、いわゆる「暇を持て余す」ことではない。子どもの権利をめぐる研究、PBL(課題解決型学習)、学園の委員会、ボランティア。少し前までは、そこにアルバイトと大学受験の準備も重なっていた。
オンラインでつないだインタビューで、彼女は迷いなく言葉を返してくる。予定が空いたら何をするかではなく、やりたいことを実現するために予定をどう空けるか。その順番で高校生活を組み立てているように見えた。
ただし、最初からN高の環境を使いこなせていたわけではない。入学直後に選んだ通学コースは、わずか3日で離れた。ネットコースに移った高校1年目、校内の友達は「ゼロ」。進路を決める時期には、担当メンターが何度も変わり、まだ一度も話したことのない相手に調査書の記入を頼むこともあった。
自由だからこそ、自分から動かなければ何も始まらない。N高ネットコースの魅力と厳しさは、同じ場所から生まれている。学校案内の言葉だけでは見えにくい3年間を、本人の言葉からたどった。
この記事について
2026年9月に実施したインタビューを、発言の意味を変えない範囲で再構成しています。本人のプライバシーに配慮して匿名とし、オフレコと指定された情報、第三者からの未確認情報、個人を特定し得る一部の固有名詞は掲載していません。内容は一人の在校生の体験であり、コース・年度・担当者によって状況は異なります。
「授業の外でやりたいこと」が、先にあった
彼女は中学生の頃から、外国人支援に取り組むNPOで活動していた。きっかけは、幼い頃に身近で働いていた外国人労働者の存在だ。子どもとは楽しそうに話していても、大人同士の地域コミュニティには、言葉や文化の壁があるように見えた。
本人談
「外国人の方たちが、地域になじめていないように見えたんです。状況を変えたいと思いました。姉が社会課題について探究していた影響もあって、行動に移すハードルが低かったのかもしれません」
中学生でNPOに入り、日本語教育や国際交流に関わった。組織運営にも携わり、企業から依頼が来た際の調整や、団体の方針・規約づくりにも参加した。高校生になる前から、教室の外に「自分が取り組みたい課題」があった。
だから高校を選ぶときも、一般的な時間割に自分を合わせるのではなく、活動を続けられる時間を確保できるかが重要だった。朝から夕方まで授業が固定される全日制では、NPOやボランティアとの両立が難しい。時間を自分で組み立てられる通信制高校は、消極的な選択ではなく、やりたいことを続けるための選択肢だった。
毎日通うことが難しくなり、通信制高校が現実的な選択肢に
もう一つ、通信制高校を選んだ理由がある。以前通っていた中高一貫校では、成績や偏差値が強く意識され、テストの点数に一喜一憂する空気があったという。本人は、成績によって教師の接し方まで変わるように感じていた。週4日ほどの部活動も重なり、心身の負担が大きくなっていった。
やがて起立性調節障害を発症し、継続的な通学が難しくなった。診断がつくまでには約1年半かかり、複数の医療機関を回った。
本人談
「朝起きられないことを、最初は『甘えではないか』と見られていました。体調が悪くても学校へ行くべきだ、という考えが強い家庭だったんです」
通信制高校への進学に、家族はすぐ賛成したわけではなかった。中学校の先生が三者面談などで状況を説明し、時間をかけて説得してくれたという。それでもN高へ進学した後、家族が以前の学校の制服を街で見かけ、「あの制服を着てほしかった」と涙を見せたことがあった。
本人談
「つらかったですし、申し訳ない気持ちにもなりました。でも、通い続けることが難しい状態で、無理をして元の道に戻ることはできませんでした」
「自由な時間がほしい」という前向きな理由と、「毎日通い続けられない」という切実な事情。その両方が重なって、通信制高校への進学が現実的な選択になった。
複数校を比較し、「やってみたい」を支えるN高を選んだ
学校探しでは、本人がインターネットで調べるだけでなく、家族が見つけた学校や、中学校の先生から勧められた学校も検討した。クラーク記念国際高校、飛鳥未来高校、地元周辺の通信制高校、全日制高校も候補に入った。
登校日数や学校指定活動への参加が、自分の体調で続けられるか。学校の雰囲気は合うか。4年制大学を目指す生徒がいるか。法学や教育分野への進学を考えていたため、進路の方向性も判断材料になった。
N高はCMなどで知り、家族とキャンパスを訪れた。最終的な決め手は、単に「オンラインで学べる」ことではなかった。研究活動、PBL、生徒の企画に対する活動費など、本人の「やってみたい」を具体的に支える仕組みに魅力を感じた。
本人談
「中学生の頃から社会課題に取り組んでいたので、授業以外の活動に時間を使えることが大きかったです。その上で、N高には活動を支える制度がありました」
ところが、通学コースは3日でやめた
入学時に選んだのは、キャンパスへ通う通学コースだった。しかし、在籍したのは3日間。すぐにネットコースへ変更した。
理由は、キャンパスで行われる探究活動と、それまで自分がNPOで担ってきた実務との間に、求める内容や熱量の差を感じたからだ。
通学コースでは「プロジェクトN」に参加した。企業と連携してキャラクターを考えたり、廃校を地域で活用する方法を検討したりする課題だった。そこで目にしたのは、書籍や現地取材で先行事例を調べるよりも、インターネット上の情報を中心に企画を組み立てる進め方だったという。
本人談
「私は、自分の足で現状を調べて、既にある制度をどう変えるかまで考えたかったんです。探究の最初の一歩としては良いと思いますし、そこから活動を続ける人もいます。ただ、当時の私には方向性が合いませんでした」
制度を否定しているわけではない。デザイン分野の進路を考えていなかったことも含め、「自分には合わなかった」と本人は繰り返す。3日でのコース変更は衝動的な離脱というより、それまでの活動経験と比較したうえでの判断だった。
ただ、家族から見れば不安は大きかった。「このまま家にこもってしまうのではないか」と心配されたという。本人も、ネットコースに変えれば自動的に充実した高校生活になるとは考えていなかった。むしろここから、自分で居場所と活動を探す必要があった。
「普通の一日」はない。レポートを2か月で終わらせる
ネットコースへ移ってからの日々を尋ねると、「典型的なスケジュールを示すのは難しい」と返ってきた。毎日決まった時間割があるわけではないからだ。
午前中に連絡へ返信し、移動中に作業を進める。アルバイト後にオンラインの定例ミーティングへ参加することもある。Zoomリンクの発行など、繰り返し発生する事務作業には自動化ツールを使い、少しでも時間を短縮している。
その生活を成立させているのが、レポートを前倒しで終える進め方だ。
本人談
「単位取得に必要なレポートは、4月から5月頃までの約2か月で年間分を終えます。かなり早い方だと思います。6月以降を研究やほかの活動に使えるようにしています」
もちろん、誰でも同じように進められるわけではない。本人は中高一貫校で高校範囲の学習を先取りしていたため、レポートの内容そのものではあまり苦労しなかった。一方、小中学校の時期に不登校を経験した友人は、中学内容の復習講座から受講していたという。
レポートには毎月の締め切りがある。後回しにして期限を過ぎたり、調査書が必要な時期までに学習が終わらず、発行が間に合うか慌てたりする生徒も見てきた。
本人談
「動画と教科書を丁寧に見れば解ける内容で、赤点になる人はほとんど見ません。ただ、自由な分だけ自己管理が必要です。難しいのは、問題そのものより、期限までに自分を動かすことだと思います」
スーパーの品出し、ボランティア、委員会——空いた時間は埋まっていった
レポートを早く終えた後、時間は何に使われたのか。
アルバイトでは、スーパーの品出しを担当した。試食販売に力を入れる店舗で、店内放送や来店客向けのイベントを任され、地域のマスコットキャラクターの着ぐるみに入ることもあった。受験準備のため一度退職したが、進路が一段落した後は、別の店舗で働く予定を立てている。
ボランティアでは、教育イベントの運営や、小中学生向けの無料塾での学習支援に参加。中学生から続ける外国人支援の活動に加え、学園内ではメディア広報に関わる委員会にも所属し、記事やパンフレットを制作してきた。
一つの活動だけに打ち込んでいるのではない。働き、書き、教え、調べる。それぞれの経験が、次の研究や企画につながっている。
研究テーマは「子どもの権利」。原点には当事者としての経験がある
高校2年生からは、N高グループ内の研究活動に参加し、「子どもの権利と親の権利をどう調整するか」をテーマに研究している。専門家から継続的な指導を受け、書籍や制度を調べながら考察を深めてきた。
このテーマは、単なる知的関心から選んだものではない。14歳のとき、大やけどを負って2〜3週間入院した経験が原点にある。痛み止めを増やしてほしいと望んだが、保護者の反対で認められなかった。自分の身体に関する決定なのに、自分の意見が十分に尊重されない。その違和感が残った。
本人談
「自分に関することなのに、自分の意見が重く扱われないことに、強い違和感がありました。当事者としての経験が、子どもの権利を研究したいと思ったきっかけです」
研究を論文や発表だけで終わらせず、社会の中で試すため、「マイプロジェクト」というPBLコミュニティにも参加した。アンケート調査、イベントの実施、コンテストへの応募などを通して、研究成果を社会へつなげようとしている。
企画を申請し、認められれば活動支援費を受けたり、専門家を招いた講演を実施したりできる。コンテストへ応募する際には、書類の添削を受けることもある。本人にとって、これこそがN高を選んだ理由と直結する支援だった。
本人談
「関心を持った社会課題を、もっと深く調べたい。調べるだけでなく、現実に働きかけたい。そう思ったときに、相談できる人や支援制度があるのは大きかったです」
ただし、活動の情報を見つけ、応募し、選考を受け、参加後も成果を出すのは本人だ。学校が全員を同じ場所まで連れていってくれるわけではない。
高校1年目、N高の友達は「ゼロ」だった
華やかな活動歴だけを並べると、入学直後から多くの仲間に囲まれていたように見える。しかし本人は、高校1年目をはっきりこう振り返る。
本人談
「N高では、友達がまったくできませんでした。ゼロです」
当時の人間関係は、NPOや教育イベント、学校外の学びで出会った人が中心だった。本人自身が学内へ目を向けておらず、「校内に友達がいなくても構わない」と思っていたことも理由だった。
状況が変わったのは、高校2年生。研究活動とマイプロジェクトに参加し、学内にも同じような熱量で動く生徒がいることに気づいた。イベント、コンテスト、同じ活動に参加する仲間、友人からの紹介。共通の目的を介して、つながりが一気に増えた。
本人談
「ネットコースに所属しているだけでは、友達はできにくいと思います。でも、学内コミュニティに入ると変わります。オンラインでも、同じ目的があれば関係は作れます」
「オンラインだから友達ができない」のではない。教室や休み時間のような偶然の接点が少ないため、自分で接点のある場所へ入る必要がある。ネットコースの友人関係は、待って始まるものではなかった。
メンターが年3回交代。「誰に相談すればいいのか分からなかった」
ネットコースでは定期的にメンターとの面談があり、進路希望の変化、レポートの進み具合、学内活動への関心などを確認される。本人も、出願に必要な書類や、大学での科目履修に関する手続きを相談してきた。
一方で、高校3年生になった年は、担当メンターが3回変わった。
本人談
「まだ一度も話したことがない人に、調査書の記入をお願いすることもありました。次の担当が決まるまで、誰に相談すればいいのか分からない時期もありました」
本人は入学時から大学進学を希望し、推薦や総合型選抜も考えていると伝えていた。しかし、本人が希望する入試方式について、メンター側に前例や詳しい情報がないこともあったという。
これは「相談しても意味がない」という話ではない。実際、書類手続きや進捗確認では支援を受けた。ただ、生徒数が多く、進路が多様な学校だからこそ、希望する進路によっては、生徒側が制度を調べ、期限を確認し、必要な支援を具体的に求める必要がある。
本人談
「進路支援は、全日制高校より弱いと感じる面がありました。メンターに相談しつつ、自分でも情報を集めた方がいいです。特に推薦や総合型選抜を考えるなら、早めに確認した方がいいと思います」
指定校推薦でMARCHの法学部を目指し、校内選考を通過
取材時点で本人は、MARCHと呼ばれる私立大学群の一校にある法学部について、指定校推薦の校内選考を通過していた。まだ「入学した」という段階ではないが、通信制高校から希望していた進路へ大きく近づいたことになる。
高校入学時から大学進学を考え、法学部または教育学部を候補にしてきた。学校外で大学の授業を履修した経験もあり、教授や学生が学問に向き合う姿を実際に見たことが、大学選びの判断材料になったという。
最終的に法学部を選んだ理由は、高校で続けてきた「子どもの権利と親の権利」に関する研究を、法律の視点からさらに深めたいと考えたからだ。これまで読んできた法律関係の書籍や研究活動を生かせることに加え、将来の選択肢を広く持てる点にも魅力を感じた。
もう一つ、大学選びの背景にあったのが、これまで活動を支えてくれた人たちへの思いだ。本人は、研究費や活動支援費を学校内外から受けながら研究を続けてきた。大学進学は自分だけの目標ではなく、時間や資金、助言を寄せてくれた人たちの期待に、成果で応えたいという気持ちともつながっていた。
本人談
「もともと法学部の法律学科へ進みたいと考えていました。研究で法律に関する本を読んできたので、その知識も生かせると思ったんです。応援してくださった方の期待に応えたい気持ちもあります。大学でも、今取り組んでいる研究を続け、成果を出したいです」
指定校推薦を選んだからといって、進路が最初から決まっていたわけではない。ほかの入試方式も検討しながら、自分が希望する学部、通学の現実性、校内選考の条件を比較した。校内選考の結果が出るまでは不安も大きかったという。
この進路選択でも、ネットコースで培った「自分で調べて動く」姿勢が求められた。メンターへ相談しつつ、募集条件や必要書類、手続きの時期を自分でも確認した。時間の自由度を研究や課外活動に使ってきた経験が、大学で学びたいテーマを具体化し、推薦に向けた歩みにつながった。
N高ネットコースの良かった点
3年間を振り返り、本人が最も高く評価するのは、時間の自由度だけではない。その時間を本気の活動へ変えるための「人」と「支援」があったことだ。
- 学習を前倒しし、研究や学外活動へ時間を使える
- 研究・PBLを通じて、熱量の高い仲間と出会える
- 専門家から直接指導を受けられる機会がある
- 活動費や企画実施の支援を受けられる場合がある
- 住む場所に縛られず、オンラインで活動へ参加できる
本人談
「単位を早く取って、ほかの活動に集中できる。専門家から指導を受けられる。熱量の高い仲間にも会える。自分から動く人にとっては、使える機会がたくさんある学校だと思います」
入学前に知ってほしい難しさ
一方で、自由度の高さは、そのまま自己管理と情報収集の負担になる。
- レポートの期限と一日の予定を自分で管理する必要がある
- 在籍するだけでは友人ができにくく、コミュニティへ入る行動が必要
- 活動の募集や支援制度を自分で見つけ、応募しなければならない
- 担当メンターの交代で、相談先が分かりにくくなる場合がある
- 希望する進路によっては、自分で情報を集める必要がある
決められた時間割に沿い、先生が次にすべきことを細かく示す環境の方が安心できる人もいる。毎日顔を合わせる中で自然に友人を作りたい人もいる。そうした人にとって、ネットコースの「自由」は、孤独や不安として現れる可能性がある。
「天才でなければやっていけない学校」ではない
インタビューの最後、本人はN高へ進学した頃にかけられた言葉を振り返った。
本人談
「『天才には良い学校だよね』と言われたことがあります。でも、自分を天才だと思ったことはありません」
1年分のレポートを2か月で終え、研究やNPO、委員会、ボランティアに取り組む姿だけを見れば、特別な人の話に映るかもしれない。だが、本人が強調するのは才能ではなく、自分に合う仕組みを選び、必要な場所へ自分から入っていったことだ。
入学直後は通学コースを3日で離れた。ネットコースの1年目は友達がゼロだった。進路支援には物足りなさを感じ、自分で調べる必要があった。順風満帆ではない。それでも、学校の制度を受け身で待つのではなく、自分がやりたい研究や活動のために使うことで、高校生活の形を作ってきた。
本人談
「『天才でなければやっていけない学校』という印象がなくなれば、後輩も進学しやすくなると思います。自分に合う使い方を見つけられるかが大事です」
N高ネットコースが誰にとっても最適とは限らない。しかし、毎日同じ時間に同じ場所へ通うことだけが高校生活ではない。自分の関心を深く掘り、学校外の人とつながり、働き、研究し、社会へ働きかける。そのために通信制高校の時間を使う生徒が、実際にいる。
学校を比較するときは、「自由かどうか」だけでなく、その自由な時間で何をしたいのか、困ったときにどこへ相談できるのか、どのコミュニティへ参加できるのかまで確かめてほしい。本人の3年間が示しているのは、自由そのものよりも、自由をどう使うかの重要性だ。

